サイゾー2006、7月

東京サーチ&デストロイ (第3回)

1995年から2005年にかけての十年間を振り返ってみると、僕がうろうろしていたような音楽のシーンでも色々な変化があった訳だが、なかでも興味深 かったのは、「音」という「音楽」の素材自体を問いなおす試みが演奏の現場から自然発生的に生まれ、尚かつリスナーのあいだにもそういった実験を受け入れ る姿勢が定着してきたことだろうと思う。サイン波、超高周波、超低周波、ミキサーのフィードバック音、レコードの針音、管楽器に息だけを吹き込む音などな ど……音量的にも音域的にもギリギリ耳に聴こえるかどうかのラインにある音を「沈黙」とクロスさせることで新たな音楽構造を見出そうとするその試みは非常 にスリリングであり(僕がこの連載の第一回目で取り上げたイベントで行なった『ポータブル・オーケストラ』もそのひとつだ)、こうした動きは「音響= ONKYO」という括り込みによって、ここ数年は海外からも大きな注目を集めている。今年開かれたパリでのショウ・ケースは大盛況だったそうだ。
昨年、こうした動きを支えてきたギャラリーの一つである代々木offsiteが賃貸契約の関係でクローズした。広告屋ともメジャーなレコード会社とも関 係のないこういった小空間を維持してゆくことは、東京においては特に困難であり、五年間に渡って積極的に「場」を提供してくれたoffsiteの消滅は まったく残念なことだった。が、しかしどっこい、カネにならないことをやり続けることに関しては、我々はなかなかシブトイのである。今度はミュージシャン の大友良英が、吉祥寺で『GRID605』という入場者30名限定のインディペンデント・スペースを運営し始めた。
大友良英の名前はサイゾーの読者層には、えーと、『Blue』(安藤尋監督)や『カナリア』(塩田明彦監督)、それに『風花』など相米慎二の諸作品で映 画音楽を担当し、カヒミ・カリィをメンバーに迎えてジャズ・オーケストラ作品を作り、英国『Wire』誌では毎年一回は特集が組まれるほど海外で人気が高 いギタリスト/ターンテーブリスト、といった辺りがアンテナに引っかかるところだろうか。吉祥寺駅至近の雑居ビルの一室に開かれた『GRID605』は防 音の関係もあり、弱音系の演奏しかすることが出来ないが(ちなみに「弱音」は「よわね」じゃなくて「じゃくおん」ね)5日間に渡って開催されるオープニン グ・イベントは、ネット告知オンリーなのにほぼ一瞬で全日ソールド・アウト。大友良英及びこういった「限定された空間」での音楽への注目度が高まっている ことに驚かされた。
僕は28日のステージにsimの一員として出演したのだが、GRID605は「吉祥寺駅の周辺にある」という事以外は場所の情報を公開しておらず、話に よるとお客は駅前に集合後アイマスクとヘッドフォンを装着した状態で手を引かれてビルの一室に連れて来られる。ということだったのだが、実際は勿論そんな ことはなく、スタッフとして運営に関わっている映像作家の岩井主税が駅前からお客さんを誘導してくる。この日の出演は、ギターを使った極微音フィードバッ ク演奏のユタカワサキ、オシレーター二発で部屋をビリビリいわせた大友良英、小空間での鳴りは特別に気持ちのいいアルト・サックス・ソロの大蔵雅彦、そし て我々simで、思っていたよりも充分に音圧が稼げたこともあり満足のゆく演奏だった。演奏中足を動かすと最前列のお客さんを蹴っ飛ばしてしまいそうなほ ど近い距離での音のやり取りは、やはり格別な緊張感がある。GRID605での演奏は全て岩井君によって映像が押さえているので、遠からずネット上でこの 日の僕たちの演奏も見ることが出来るようになるだろう。あらたなスペースの誕生を祝福したい。サーチ&デストロイ。