最後の花見

今年の桜は見時が長かったですね。6日にすべりこみで最後のお花見に行ってきました。いつものメンツで。暖かくて良かった。

「新潮」5月号、書店に並んでおります。インフォ・ページから新潮サイトで情報見られますのでよろしく。この原稿、実は2002年(2001年かな?)くらいには、もうほぼこれと同じ形で完成していたのですが、その後どこも引き取り手がなく(エリントンの話なんて誰も興味なかった)、ずーっと「保留」のハンコが押されたまま買い手を待っていたのでした。このタイミングで世に出すことが出来て嬉しいですよ。自分の好きなものしか出てこないので、自分は読んでて楽しいんですがね。どうでしょうかね。感想いただけると(コンタクトからメールで)嬉しいです。

明日から慶応三田校舎で菊地さんと久々に通年で先生やりますよ。これまでの3期とは違って、あまりカリキュラムがっちり決めずに、かなり雑談寄りの授業になりそうな予感がします。が、一応テーマは決まっていて、二〇世紀に起こった分断あるいは統合を、21世紀的視点から考察する。という感じ。映画は視覚情報と聴覚情報が分断されたまま生まれて、そのまま30年間喋らなかった。レコードは21世紀に入るまで、「映像」から切り離されたことによるファンタジーをキープすることが出来た、などなど。あらかじめ欠けていた目と耳の統合とは? たとえば、コンビニのおでんから、おでんの匂いだけを分断する(においはするが、おでん鍋がない。視覚と嗅覚の分断)。それによって生まれるファンタジーとは? 南北朝鮮を統合し、すかさず今度は東西に分断する。またはドイツをベルリンの壁によって、間違って南北に分断する。若乃花と貴乃花の兄弟喧嘩を、21世紀的に統合する。こういった授業になります。

モグリ奨励はありません。来たい人はあなたの思う慶応ボーイ&ガールのコスプレ(ex:紺ブレ)で精一杯偽装してくること。時間と教室場所も非公開にしますが、ヒント:西校舎。というところの昼さがりの模様。わたしもまだ行ったことがないのでわかりません。