インプロヴァイズド・ミュージック・フロム・ジャパン一号

Ami Yoshida interview (2600ward)

———————-
横隔膜から肺、喉頭から口内、そして舌と唇……。人間がコントロール出来る部位のなかでも、もっともやわらかく繊細であるこうした「声」を巡る器官を 使って、吉田アミは、ぼくたちがこれまでに聴いたことがないようなサウンドを作り出してゆく。彼女は呼気が通り抜けるすべてのパイプ・ラインに慎重に耳を 傾け、息の上下に従って身体のなかから極小の軋み、歪み、擦れ、捩れの音を取り出してくる。それは言葉を発すること、自分の意思を記号化して誰かに伝えよ うとする身体活動とは、同じパーツを使いながらも随分と異なった作業であるといえるだろう。誰も気がつかない、自分のなかのわずかな軋みや捩れの音に耳を 澄ますこと。伝達されることを前提とする言語やピッチ・システムの明晰さから離れ、そのような<slight sign(微かな印)>の側に立つことは、記号化がそのまま管理化を意味する社会において最も必要とされるアーティストの振る舞いであるだろう。この秋 cosomosとastro twinという自身のメイン・ユニットで二枚のアルバムを発表し、ソロ作品の準備も進めている吉田アミに自作について語って貰った。
———————-

―――吉田さんは今年リリース・ラッシュですが、これは昔から約束していたものが今年になってまとまってリリースされた、という感じですか?

●「そうですね。UMUのやつ(『. / AMI』・【UMU】)と、あと幾つかのコンピレーションは今年に入ってからの企画だったけど、cosomosとastro twinは前からアルバムを作る予定がありました。F.M.Nからのリリースも厳密に言えば今年決まったものなんですが……。」

―――F.M.Nのもの(『Astoro Twin+Cosmos』・【F.M.N.Sound Factory】)はイギリス・ツアー(2002年3月)時のライブを中心に作られていますが、これは初めからそういう企画だったんですか?

●「いや、決まっていた訳じゃないです。このツアーで録ったライブを出すって約束をしてイギリスに行ったんじゃなくて、たまたまその時の演奏がかなりいい 出来だったからそれを使ったんですね。ライブが終わった後に、演奏よかったなーって思って、で、録音したものを聴いてみたら、案の定繰り返し聴くことに耐 えるサウンドになってたんで、じゃこれでいいか、と四人(中村としまる、Sachiko.M、ユタカワサキ)の意見が一致しましたので。」

―――同時期にErstwhileからもcosmos単体での新作(『Tears』・【Erstwhile】)がリリースされていますが、F.M.Nのアルバムと何か異なっている点があるならばお話いただけますか?

●「異なっている点というか、どちらもライブ・テイクが元になっているんだけど、マスタリングの質がこの二つのアルバムは随分と違いますね。 『Tears』はcosmosの事実上のファースト・アルバムなんで、二人がどういう音で何をやっているのかをなるべく分かりやすいようにしよう、ってこ とで、実際のライブの出音は、その時会場の後ろ側に座って居た人とかは聴き難いくらいの音量だったと思うんだけど、CDではくっきりはっきり、音がイタイ くらいのレベルにまで立ち上げてパッケージングしています。プロデュースをしてくれたジョン・アービーの意向も反映されていて……演奏している時に、たま にサイン波と声が同調して、モワレというか、モジュレーションみたいな響きになることがあるんだけど、そういう感じがよく聴こえる音になってると思う。ラ イブは会場のざわつきやPA環境なんかも含めて一つの演奏だと思うので、そのときそこだけで響くサウンドってことで音が聴き難いことがあってもいいと思う んだけど、録音物はそうはいかない。リスナーの環境まで想定できないからなるべく、出来るだけ細部まではっきりと作るほうが親切だと思う。こういった作業 はもちろん、みんなが気を配っているところだと思うんだけど。」

―――Astoro TwinとCosmosという二つのユニットについて、アミさんが考えているそれぞれの特徴があるとしたら教えてください。

●「どちらもデュオで、しかも演奏している人間の片方が同じ訳だから、はじめのうちはあんまり違ったことが出来なかったんだけど、最近ではどんどんこの二 つのユニットの差が明確になって来て……。いまではそれぞれまったく対極のことをやっていると言ってもいいくらいだと思う。Cosmosは美しい音を集め て、出来るだけ汚い音を出さないようにして演奏するって言う意識がはっきりとあって、私のなかでは、さっちゃん(Sachiko M)との音の絡みも含めて、綺麗な「音」を出そうという目的で声を出しています。音楽的にいいものを作ろうと思っているというか。Astoro Twinはそのまったく逆で、音楽的なものを作ろうとしてやっている訳じゃない。何というか、これまでに殆ど使われてこなかったゴミみたいな音の素材をお 互いにどんどん響かせてみて(声だけじゃなくて、マイクで床を擦ったりとか)、その出した音どうしも全く連続性がなくて、しかも川崎さん(ユタカワサキ) の音や行動ともこっちは完全に無関係だから、共演方法としてもまったく機能していない、ゴミみたいなアンサンブルで……、ある意味一番音楽になりにくい 音、演奏方法を選んでやっているって感じです。でも、そうやって集めた音が物凄く具体的というか、瞬間的にしか存在しないんだけどすごくはっきりとしたサ ウンドとして聴こえる時があったりもするんですけど。あと、よく誤解されるんですが、どちらのユニットでも私の声には一切エフェクトを掛けていません。サ ンプラーにも取り込んでいないし、PAでいじったりもしていない。最近は手元にコンパクト・ミキサーを置いてそれで音量を調節しているけど、声と出音のあ いだにあるのはそういったアンプリファイアーだけです。マイクにエフェクターをつないで音を変化させたり、空間的処理を付け加えたり、って作業をすると、 出音が使うエフェクターなり、それをミックスしてくれる人の音楽性に還元されちゃう訳ですよね。エフェクターに興味がないという訳では必ずしもなくて、出 音が面白ければエフェクターを使ってもいいけど、たまたま生音の方が自分の欲しい音が出るので使っていないだけですが……Cosmosのライブを見た人に よくエフェクトの話とかされて、Cosmosは特に綺麗に「音楽」をやってるからそう思われるのかもしれないけど、全部自分の身体だけで出せる生の音で演 奏しています。」

―――エフェクターは使っていないと。でも、マイクロフォンの顕微鏡効果というか、音を増幅して元の音とは異なった響きとして聴かせる能力からはいろいろな発見があったのではないでしょうか?

●「演奏しはじめた一番初めは本当に、喉とか口内とかの音を耳で聞いてそれで演奏していた訳だけど、マイクやミキサーを自分のものとして使い始めてしばら くすると、マイクで拾えるいままで聴こえなかった音とか、音の細かい表情や特質みたいなものがまた改めて意識できるようになって……、技というか、素材の バリエーションが増えたと思う。こんど作るソロアルバムは、そういった、いま自分が出せる音を素材別に整理した図鑑のようなものになると思います。」

―――ありがとうございました。楽しみにしています。■