このマンガがすごい!2006年オトコ版

闇金ウシジマくん 真鍋昌平

連載スタート当初は「闇金業者の手口とそれにハマる人間」を実録風に描くという作品だったのだが、巻を追うごとにウシジマ社長とその業務は徐々に後景に 下がっていって、代わりに、都内でごにょごにょと、金策に翻弄されながら生きずらそうに生きている、エピソードごとに色々と登場するどーにもしようのない 若者たちの描写の比重がどんどん大きくなっており、その筆の冴えはヤンキーとファンシーが点滅しながら同居する彼らの雰囲気を実にリアルに感じさせてくれ る。そういえば、タイトル・ロゴの「ウシジマくん」の「ジ」の点点がハートマークだったりして、最初から何か『ナニワ金誘道』や『ミナミの帝王』とは違っ た気配を持ったマンガだったけれど、「カネの倫理」的な話よりも、「どうしようもなく借金をしてしまう都会人」の在り方にここまではっきり焦点を合わせて くるとは思わなかったので、そして、そういった人を描くために毎回体当たりで努力している感がはっきりと伝わってくるので、特に2巻から5巻目まではスリ リングだ。デッサンや構図の不安定感、また、マンガ表現のシステムに慣れた人にとっては稚拙に見えるかもしれない手描き感あふれる記号処理も、ここでは彼 らの混乱したエモーションを掬い上げる有効な技術となっている。「ゲイくん」シリーズの繊細さ、また、「ギャル汚くん」シリーズで堂々主役を張った、イベ ントサークル代表・22歳フリーター・東京都23区外出身・他のメンバー(高校生のボンボンなど全員年下)から与えられているあだ名は「お父さん」。とい うジュン君のキャラは傑作である。スピリッツで連載継続中。

「間章クロニクル」 ディスク・レヴュー(抜粋)

・マイク・オールドフィールド『チューブラー・ベルズ』

『ここで言えることは音をオブジェとして、しかもおもちゃのように自由自在にのびのびと使い、いじり、動かし、重ねるという感覚こそがこの『チューブラー・ベルズ』の実は本当のすごさと新しさなのではないだろうか。』(「一つの始まりと創造の円環について」)

若干20歳のマイク・オールドフィールドを抜擢し、彼にスタジオを自由に使わせて、「28種類の楽器を自らプレイ、約2300回のダビングを重ね」さ せ、「レコーディングは約9ヶ月間にも及び、最終的なマスタリング、カッティングも4回やり直して」(ライナーより抜粋)アルバムを完成させたヴァージ ン・レコード社長、リチャード・ブランソンの慧眼には恐れ入る。ヴァージン・レコード第一回発売作品の目玉であった『チューブラー・ベルズ』は、リチャー ド社長の狙い通り全世界で大ヒットを記録、映画「エクソシスト」のテーマとしても使用され、マイク・オールドフィールドは一躍音楽業界の寵児となった。ミ ニマル・ミュージックを援用した15拍子のテーマはいま聴いてもエモーショナルだが、この作品がこれほど受け入れられた原因は、間も指摘しているように、 音をスタジオの中で自由に重ねてゆく作業の可能性を実にポップに、軽やかに見せてくれたことによるだろう。ダビング作業のクオリティ・アップによって、バ ンドで人前に立たなくても、そして譜面に書いて人を指揮しなくても、試験管の中で薬液を混ぜるようにして音楽を作ることが出来る—ベッドルーム・テク ノまでつながるこの感覚に対して、間章はその可能性を認めながらも、それを全面肯定することに対しては微妙な逡巡を見せているように思う。「録音」と「即 興」が持つフィールドの違いに対する微妙だが確かな反応が、『チューブラー・ベルズ』を巡る間の言説には感じられる。

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・エリック・ドルフィ『カンヴァセイションズ』

『ドルフィが関わろうとした<未だないジャズの在り方>(原文強調点)、それはジャズをとらえて来たジャズの固定性、形式、すなわちコード、規則的リズ ム、パターン等々といったものから離れて何ら拘束のない自由へ関わるといったものではなかった。ドルフィは明らかに自らをしばり、いましめ、規制し続け た。その意味では彼はフリー・ジャズの季節から切れているし、前衛主義者では決してなかった。或いは、ドルフィは自由というまたはフリー・ジャズというも のが、まさにフリーという形式であり、また途方もない安易さも危険と困難に同時に裏打ちされるものでしかなく、フリー・ジャズによっては自由はそして解放 は得られるはずもないと考えていたのかもしれない。』(「エリック・ドルフィと『カンヴァセイションズ』をめぐる10の断章」)

エリック・ドルフィは、自身に先行するアーティストの中でも間が特別に重要視していた存在だった。いわゆる「ジャズ」の文脈で彼が特権視し、その音楽に 関してテマティックに取り組もうとしていたミュージシャンを最少数で挙げるならば、ドルフィ、アイラー、シカゴ前衛派となるだろうが、この三組の中で前二 者は、レイシー/グレイヴス/ベイリーという「ポスト・フリー」・ミュージシャンを彼が実体験した後も、何度も翻ってその可能性を確認しようと試みたし ミュージシャンであった。『カンヴァセイションズ』は、リーダー・アルバムとしてはわずか4枚しか残されていないドルフィのスタジオ録音作品の中でも、 『FarCry』と『Out to Lunch!』をつなぐ時期のミッシング・ピースを集めたもの。未だに全体像が把握されていないドルフィの音楽であるが、特にリチャード・デイヴィスとの デュオにおける彼のバスクラの謎には、まだ全く分析の手が入っていない。

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・ファウスト 『Ⅳ 廃墟と青空』

『確かに「ファウスト」は数多くのロック・グループのなかでももっとも異例の部屋を持っている。そして彼等について語る時もっとも重要な事は彼等の音楽 が、歌や曲の表現といったものとは違う所で形成されているということなのだ。彼等は音によって演奏によって、音に違う夢を見させ、違う光景を与えようとし ている。「ファウスト」という言葉が選ばれたのも魔術師・錬金術師として実在したファウストにあやかって彼等が音の錬金術師たろうとしていることをうかが わせる。』(「ファウストの悪夢と反世界」)

初端の「Krautrock」という曲名がジャーマン・プログレの代名詞に使われるほど強烈な世界を構築することに成功したファウストの4stアルバ ム。ヴァージンからのリリース。リズム隊がきちんとビートをキープしている曲が多く、ファウストのパブリック・イメージであるエレクトロニクス/コラー ジュの使用による混沌感は薄いが、時折現れる編集による時間の歪みやLRを思いっきり広く使った音像はヘッドフォンで聴くとかなりインパクトがある。間章 は既存のフォームから離れた/離れようとする音楽を聴き取る繊細な耳を持っており、鬼才ぞろいの70年代ドイツ・ロック勢のイントロデューサーとして非常 に優れた役割を果たした。ほとんど国内情報が出回っていない時代に、初期アモン・デュール、カン、ファウスト(間は中でも「ファウスト・テープス」を高く 評価している)などが後世へと与える影響力を正しく認識し、予言していることに驚かされる。

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・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド 『ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート』

『ヴェルヴェットのすべてのレコードのなかで僕はこの「Sister Ray」を収めた『White Light / White Heat』がベストのアルバムだと思う。ヘロインのなかに沈みながらこの「Sister Ray」を聴いたとき、そこに僕は限りなくやさしい亡びと限りなく開かれた地獄を見たのだった。それにこの「Sister Ray」ほどに創造というものの輝きに満ち、あらゆる可能性に満ちた天国と地獄が共存する音楽空間を僕は知らない。それは何よりも僕の言うアナーキーに満 ちていた。』(「アナーキズム遊星軍、ルー・リードのアナーキー」)

アンディ・ウォーホールから離れ、全編をメンバー四人で制作した68年のセカンド・アルバム。冒頭の『ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート』など、A面 に当たる楽曲にはまだ曲想、コーラスなどにR&Bの影が残っているが、B面に入ると完全にそれまでのポピュラー世界のアレンジを振り切り、特にラ フなワン・コード、ワン・ビートの連打で17分半を押し通す「Sister Ray」では、ブルース/ファンクの豊穣とは全く正反対の、細く、硬く、貧しく、しかし、黒人音楽の屑としての「ロック」としてはこれほど見事なものはな い世界を作り出している。ルー・リードのヴォーカルも素晴らしい。増幅・歪曲・延長によるサイケデリアをどのように認識=価値判断するのか、ということに おいては、間の感覚は(その表現はともかく)かなり鋭く、また正確であったように思われる。

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・阿部薫『なしくずしの死』

『二十歳の阿部薫が我々の前に現れた時、彼の破壊的なアルト・サックスのプレイをおおっていたものこそがこのニヒリスムの深い影だったと私は言うことが出 来る。二十歳の阿部はまるでランボーが「光輝く忍耐で正装して街へ出てゆくのだ」というがごとくに狂暴な愛とパッションと、観念とそして破壊的なスピード とテクニックで正装するようにして登場した。一九六九年というまさになしくずしへ向かってゆくような状況の中で、彼はコルトレーンやアーチー・シェップを 殺すようにしてまさに凶々しい、アナーキストとして登場したのだった。』(<なしくずしの死>への覚書と断片」)

自分と対等に切り結べるはじめての同時代人であり、誰よりも近しい資質を感じていただろう阿部薫について書く間の文章は、彼の残した仕事の中でももっと もイメージ生産力の強いものである。ここに書かれている事柄のどこまでが、実際の阿部の演奏から導き出されたものであるかを読者に考えさせないほど、間章 は阿部薫のイメージを文章によって緻密に構築することに成功している。いま久しぶりに『なしくずしの死』を聴きなおしてみたところだが、ここでの阿部の演 奏の質の高さは、テクニック的にも(出したい音を一発で切り出すコントロールの精密さ)、曲想のオリジナリティ(サックスにおけるプリペアドされたトーン についての感覚を展開するやりかた)においても、そしてもちろんその音色の素晴らしさにおいても、驚異的なものだ。僕はいま、このサウンドを間=阿部的な 言説の磁場からなんとか解放する(というのが大げさならば、ちょっとしたズレのある場所へと導いてゆく)必要を強く感じる。それほど素晴らしい演奏であ り、あらためてこの音楽を自分たちのものにしたいと僕は熱望するのだが、その作業はまだおそらく非常に困難であるだろう。

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イントキシケイト2005?

「VOGUE AFRICA NAKED」

2003年に発売された東京ザヴィヌルバッハのセカンド・アルバム「VOGUE AFRICA」は、坪口昌恭、菊地成孔、オラシオ・エル・ネグロ・エルナンデスによるスタジオ・セッションを、坪口が編集・加工することによって作られた ものだった。機械音と生のドラム・サウンドが絶妙にブレンドされたこのアルバムのグルーヴは実にフレッシュであり、まだフォロワーがいないほど独特なもの であると思うが、この冬、オラシオの監修の元、このセッションの様子をノー・エディットで収録したアルバムが発売されることになった。タイトルはずばり、 「VOGUE AFRICA NAKED」。まったくの完全即興であったというこのセッションの完成度の高さについて、また、現在最高のドラマーの一人であるオラシオがこのセッション でのプレイを自ら絶賛している、というような話は、「VOGUE AFRICA」発売当初から話には聴いていたが、その噂をこんなに早く確認することが出来るとは思わなかった。
ブレイク一回だけ(二曲という区切りで収録)、40分弱をほぼ一気に聴かせるこのドキュメントは、「VOGUE AFRICA」のトラックで使われていないサウンドも沢山含まれており、二枚のアルバムを聴き比べることで、坪口昌恭がどういった時間感覚と色彩感覚で もって「VOGUE AFRICA」を構成していったのかを推測、分析することも出来るだろう。だが、それはともかくとして、「あのセッションは最高だった!(だから編集ナシ でも十分イケてるだろう? ほら! どうよ、この俺のドラミング!)」という、オラシオ・エル・ネグロ・エルナンデスの自負はホントに正しいと思う。ここ での彼のドラム・プレイは聴き所多数、アイディアの宝庫であり、一瞬たりとも緩みというものがない。比較的BPMをつかまえ易いシーケンスが使われている とはいえ、その反応の速さと正確さ、そして流れに乗った後の爆発力まさに驚異的だ。なんとなく雰囲気であわせてゆくのではなく、マシン類の(実際には鳴っ ていない)基礎クリックを完全に把握して繰り出される多彩なフレーズは、もう随分昔からこういう音楽があったのではないかと思ってしまうほどサイボーグな アンサンブルの中に溶け込んでいる。特に二曲目の冒頭、一瞬のブレイク後、シーケンスが切り替わって如何にもマシン・サウンドなハンド・クラップとベース 音が鳴り始め、坪口がヴォコーダーでソロを取り始めた瞬間に繰り出されるオラシオのシンバル・ワークの美しさよ!
坪口・菊地体制になってからはまだライブ・アルバムを発表していない東京ザヴィヌルバッハだが、これはスタジオ・ライブ盤として、各プレイヤーの個人技 を心行くまで部屋でリプレイすることの出来る、ファンにとっては嬉しいボーナスとなるだろう。「コンプリート・イン・ア・サイレント・ウェイ・セッション ズ」も、「レット・イット・ビー・ネイキッド」も、オリジナルが出てから三〇年ほど経ってようやっと日の目を見たのだった。時代は着実に変わってきている な。

学研200CD「ロックとフォークのない二〇世紀、ジャズ・ディスク・レヴュー(抜粋)

・Charles Mingus チャールス・ミンガス / 『mingus at monterey 』 (ヴィクター 1964)

body(350):デューク・エリントン直系のコンポーザー/オーケストレーターであったミンガスは、モダンの時代にあっても根本的にはプレ・モダニズ ムな姿勢でもって自身の音楽を遂行しようとし続けたミュージシャンであった。バンドのミュージシャンに対して、彼らの演奏能力を最大限に揮うように求める のはリーダーとしては当然のことだろうが、例えば『Pithecanthropus Erectus』などのスタジオ作品における、自分のイメージを何とかしてグループで表現しようとメンバーをコントロールしてゆくその拘束感は、殆どクラ シックのアーティストに近い感触がある。ここで取り上げるモントリオールでの12人編成ライブは、彼が率いたグループの中でもアンサンブル的にはベストの 出来映えだ。ベースソロによる『I’got it Bad』は必聴。

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・Duke Elilington デューク・エリントン / 『The Best Of Early Ellington』 (Decca 1996)

body(350):1926年から1931年の間に吹き込まれたデューク・エリントン・オーケストラの作品から、代表的な20曲を年代順にまとめたベス ト盤。キャリアのスタートとなったケンタッキー・クラブ時代の『East St.Louis Toodle-O』からもう既に、後に炸裂するファンタジックな異国趣味が横溢しており(エリントンはワシントンD.C.育ちのボンボンで、彼にとってセ ントルイス=アメリカ南部ははっきりとエキゾチズムの対象であった筈だ)、この時代に「アメリカ人」は「アメリカ」をどのようにイメージしていたのか、ま た、それは三〇年代以降(デュークらが提供したポップスによって?)どのように再編成されていったのか、ということについて、古典を鵜呑みにするのではな く聴き取っていきたい。

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・Max Roach マックス・ローチ / 『Percussion Bitter Sweet』 パーカッション・ビター・スウィーツ (Impulese! 1961)

prof(150)::1924年生。NYシティ育ち。二〇代でチャーリー・パーカー・グループに参加し、ジャズ・ドラミングの改革に大きな役割を果たす。オリジナル・ビバップ・ドラマーの一人。

body(570):ビバップ・オリジネイターのラスト・マン、マックス・ローチ。きりっとした楷書を思わせる、一字一句をゆるがせにしない彼のドラミン グは、五〇年代モダン・ジャズの基礎脈動の一つだ。ロリンズ『サクソフォン・コロッサス』における多種多様なビートの叩き分けはおそらくこの時代彼にしか 出来なかった作業であり、殆ど神話的とさえ言える輝きを残しているクリフォード・ブラウンとの双頭コンボ作品とともにオススメの第一に挙げたいところだ が、ここではもしかすると今ではあまり聴かれることの無くなったかもしれない、一九六〇年代前半のリーダー・アルバムを取り上げたい。ローチはフリー・ ジャズ・ムーヴメントに先駆けて、どのジャズ・ミュージシャンよりも早く、積極的に、アメリカにおける黒人問題について直接アピールする音楽を製作して いった。『Percussion Bitter Sweet』は、『We Insist!』(60)や『It`s Time』(62)とともに、中南米やアフリカといった有色人種の音楽へのラインをきっかりと示したアルバムであり、ローチはこれらの作品を作っていた時 期、カーネギー・ホールでコンサートをしていたマイルスの舞台に、「フリーダム・ナウ!」というプラカードを持って座り込むという事件も起こしている。一 曲目の『Garvey’s Ghost』に溢れるポリリズムは、「モダン」を通過した黒人たちによるアーバンなバーバリズムが体現されており、六〇年代の前半にはこのサウンド自体に 政治的な主張が含まれていたのだった。

sub(100): Max Roach / 『We Insist!』(candid 1960)

おそらく「座り込み」運動を描いたジャケ――ドライブ・インの白人専用のカウンターに座り込んだ黒人たちが、ドアから入って来た客(白人)の方を振り返っている図――も鮮やかなキャンディド作品。アビー・リンカーン全面参加。

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・George Russell ジョージ・ラッセル / 『Jazz in the Space Age』 宇宙時代のジャズ (DECCA 1960)

body(350):一曲目のタイトルが『クロマティック・ユニバース-パート1』であり、イントロに流れるスネアを使って発しているらしい電子音を模し たSE(ラッセル自身が演奏)からして、もう既にアカデミズムな香り&ミスティフィカシオン性たっぷりの『宇宙時代のジャズ』。ところがこれ、アーニー・ ロイヤルやミルト・ヒントン、バリー・ガルブレイスといった名手に恵まれ、かなり骨太なアルバムに仕上がっています。ビル・エヴァンスとポール・ブレイと いう、この時期キレキレのピアニストをLRにソリストで迎える、というアレンジも実に格好いい。ホーンの抜き差しも凝っていて、五〇年代科学主義の最後を 引き受けた音楽として、未だ色々な側面から(ジャズの文脈外でも)聴く事の出来る貴重なアルバムだ。

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・Miles Davis マイルス・デイヴィス / 『Miles Davis&The Modern Jazz Giants』 (prestige 1956)

body(350):マイルスとセロニアス・モンクの共演が聴けるアルバム(『Bag’s Groove』の一曲はこのセッションからのトレード)として有名な一枚。モンク以外のリズム隊はMJQのメンバーなんだけど、これはプレステッジのボ ブ・ワインストックがジョン・ルイスを毛嫌いしてたから、と言われている。ありそうな話だが、ミルト・ジャクソンとモンク、それにマイルスの組み合わせは 音色的にも最高。ドラッグによる長い不調期を脱したマイルスが、自身の音楽創造に向けてセッション全体をコントロールしはじめた時期のアルバムで、「54 年クリスマスのケンカ・セッション」というレッテルは目を引くけれど(詳細については他の本を当ってください)、この見事な演奏を出来映えを聴いてそんな 発想をする人間の感性は疑った方がいい。実に瑞々しいサウンドだ。

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・Lee Konitz リー・コニッツ / 『Subconscious-Lee』 サブコンシャス・リー (prestige 1950)

prof(150)::1927年シカゴ生まれ。スウィング・ジャズ期から現在まで、独特の音色とフレージングで唯一無二の個性を誇る白人サックス・プレイヤーの代表的ミュージシャン。ビッグ・バンドから無伴奏ソロまで、さまざまなフォームで作品を残している。

body(570):1949年から50年春に掛けて吹き込まれた、リー・コニッツを中心にしたセッションを一枚にまとめたアルバム。実質上レニー・トリ スターノのリーダー・セッションである1~5曲目は、プレステッジ・レーベルの船出となる記念すべき初録音。この時期、バップがようやっとメジャーなもの になって来ていたとはいえ、世はまだスウィング・ミュージックの大全盛時代であり、そんな中でこれほどアブストラクトな、混じりけのない硬質な輝きを見せ るソロが並んでいる吹込みが生まれたのはある種奇跡に近い。以後、一貫して「モダン・ジャズ」をリリースし続けるプレスティッジの誕生を祝福する魔法がこ こにはかかっているのだと思う。リー・コニッツはこの時期、トリスターノの門下生として彼の音楽を忠実にサックスでリアライズする作業に務めていたが、ギ ターのビリー・バウアー、テナー・サックスのウォーレン・マーシュ以下、このアルバムに参加したミュージシャンはみなトリスターノが参加していないセッ ションにおいても彼の支配下にあり(油井正一先生は「トリスターノが催眠術を掛けていたのだ」とおっしゃっていたが)、それぞれが異なった楽器で一糸乱れ ず同じイディオムのソロを繰り広げてゆく。一般的には「クール・ジャズ」の代表にも挙げられるアルバムだが、この緊張感には何か異常なものがあり、特にビ リー・バウアーとコニッツのデュオ『REBECCA』は、どうしてこんな音楽が生まれたのか、相当に謎は深い。

sub(100):Lee Konitz & The Gerry Mulligan Quartet

53年、西海岸に移動してマリガン率いるピアノレス・クインテット(TPはチェット・ベイカー)と共演した録音。コニッツの、殆ど神がかり的に凝縮されたソロは何度聴いても背筋が寒くなる。これより先にも後にもない、歴史に屹立する『LoverMan』の美しさ。

2004年? シカゴ・アンダーグラウンド・トリオ 『スロン』 ライナーノーツ(4000w)

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トランペット(またはコルネット、またはフリューゲル・ホルン)奏者のなかには時々、自分の演奏するべき音楽のフォルムに対して、驚くほど豊かに想像力 を働かせることが出来る人がいて、モダン・ジャズ50年の歴史だけに限ってみても、米国都市音楽からラテン・アメリカへとつながるラインを太く太く引いた ディジー・ガレスピー、ナップサックひとつで世界のどの場所にも現れるドン・チェリー、巨大な祝祭空間を演出し続けたレスター・ボウイ、そして、『マイル ス(ひとりが)何マイルも先を』マイルス・デイヴィス……と、こうやって直ぐに何人かのミュージシャンの名前を挙げることが出来る。それにしても、これは ほんとに、なんとも独特なアンサンブルを作り挙げた人たちばかりが並んだなあ。音楽的にはばらんばらんな彼らに、もし共通する点があるとするならば、それ は、楽器を操る確かな腕前を持ちながら、それに囚われ過ぎることなく(楽器奏者のなかには、残念なことに現在でもしばしば、楽器を演奏する為に必要な技術 的側面からしか物事を判断することが出来ない人たちがいるのだ)、非常に柔軟な耳でもってかなり高い視点からミュージックを見る/聴くことが出来ていたと ころだろう。自分の作った音から一旦離れ、バンドのなかで、聴衆のなかで、さらに言えば世界のなかで、それが如何に響いているか? それを如何に響かせれ ばいいのか? こうしたことを考えながら演奏を続けてきた彼らは、その長いキャリアのなかで、ジャズ・ミュージックにさまざまな複線を付け加え、いまでも そこからたくさんの可能性を引き出すことの出来る豊穣な土地をぼくたちにひらいておいてくれたと思う。
そういった開拓者の系譜に連なるミュージシャンとして、ロブ・マズレクの名前を挙げるのは、けっして大げさなことではないだろう。マズレクを中心とし て、デュオ、トリオ、カルテット、オーケストラ、と編成を変えながら続けられてきた「シカゴ・アンダーグラウンド」プロジェクトは、作曲、編曲、演奏、録 音、編集、という、現在音楽を制作するために踏まれるプロセスのひとつひとつに繊細な注意を払うことで、インストゥルメンタル・ミュージックのあらたなモ デルを提示することに成功している。プレイヤーの演奏能力を音楽の基盤に置いている点では、ロブたちのプロジェクトは確かにジャズの伝統を受け継いではじ められたものだ。が、しかし、彼らは、ステージ上だけで音楽が完結すると考えがちなジャズ・ミュージシャンたちとは異なり、録音や編集といった、いわゆる ポスト・プロダクションまでを含めた音楽の創造に対して、かなり早い時期から敏感に反応することが出来ていたように思われる。これは勿論、ジム・オルーク やジョン・マッケンタイア、それに本作でもレコーディングとミックスを担当しているバンディ・K・ブラウンら、彼らを取り巻くきわめて今日的な、非常に優 れたミュージシャン/エンジニアたちの影響が大きいだろう。「シカゴ・アンダーグラウンド」プロジェクトの特徴は、そのようにして身に付けたノン・リニア なサウンド編集の技術を、また改めてデュオやトリオ、カルテットという極めて具体的な「演奏」のフォーマットに、また、そのための「作曲」のノウハウに、 反映させ続けている点にあると思う。結成からこれまでに発表されたアルバムは、この『SLON』を含めて計8枚。アルバムやフォーマットごとにその音の傾 向は丁寧にデザインされ、一作毎に発展、というよりはエレガントに拡散し続けてきたC.U.の実験は、ラップトップ・コンピューターによって音を処理する システムが演奏の現場でも一般的に受け入れられはじめている現在、ますます本領を発揮してゆくに違いない。
という訳で、シカゴ・アンダーグラウンド・トリオ(以下C.U.T)の新作が届いたよ、という知らせを受けてぼくは、ロブさんたちはいま絶好調なんだろ うな、と勝手に思って喜んでいたのだけれど、そのあと、「今回の作品は『イラク戦争への彼らの思いが反映されたアンチ・ウォー・アルバム』なんだって」、 と聞いて、正直言って鼻白んだ。このアルバムは、『アメリカ帝国主義の包囲網によって自身の生活を奪われた総ての人々』に捧げられている。C.U.Tの3 人は、広い範囲にわたるヨーロッパ・ツアーに出発した2日後、アメリカがイラク侵略を開始したことを知り、そのツアー後、アメリカ軍がイラクに駐留し続け ている最中に、このアルバムを制作した。『その戦争はグループや彼等の音楽に深く影響を与えた』と、プレス・キットには書いてある。
ぼくはここで、戦争と音楽との関係を改めて云々するつもりはない。これまでも音楽でもって戦争に対峙しようとした人たちは沢山いたし、戦争との緊張関係 から想像力を汲み出してきた音楽家もいれば、逆に視野狭窄に陥ってしまった音楽家もいる。言葉でもって音楽になんらかの政治的意図を与えようとすることは 難しくないが、その有効性はしばしば、その音楽の構造とは無関係に推移して行く。また、ある音楽にぼくたちの暮らしている政治的状況のモデルが真に含まれ ているならば、作者が何も言わなくともおそらく、人はそこに生きるために必要な倫理を聴き取ることだろう。とにかく、まずは、デジタル・オーディオとして パッケージングされ、ぼくたちの元に届けられているこの作品に注意深く耳を傾けてみよう。
トラック1。冒頭、ロブ・マズレクのコルネットが旋回させる小さなメロディーに導かれ、チャド・テイラーの手数の多いドラムスがスタート。直ぐにノエ ル・クッパースミスのベースがFペンタトニックのヴァンプで曲の基盤を支え、シンプルなテーマをゆがめるようにしてロブが急速超のソロを取る。アコース ティック・ジャズの王道のようなサウンドだが、1:30秒を過ぎたところで多重録音されたアルコ・ベースが、殆ど電子音響的な陰影を伴ってトリオのサウン ドに介入しはじめる。ドラムスがBPMをキープしたままなのでしばらく気が付かないが、いつのまにか8/8で演奏されていたトリオの演奏に、6/8のベー スとコルネットのリフがスーパー・インポーズされており、さらにその音に3連譜で刻まれる弓弾きのベースが重ねられ、シンプルだが深みのあるポリリズムが 形作られる。ロブのコルネットが再び熱を帯び、8/6拍子の前景化をはっきりさせるようにドラムスはフェイド・アウト。ベースとコルネットのリフレイン、 それに弓弾きのコードの上でコルネットのソロが続き、6:30でこの曲は実に自然にエンディングを迎える。2度、3度と聴きなおして感心しているのだが、 即興演奏でしか生まれ得ない熱気と、緊密な構成、そしてそれをスムースに接続させるトリートメントの巧みさは、C.U.Tがこれまでに行ってきた実験の最 良の結実ではないかと思う。
2曲目の『スロン』は一転して、クッパースミスが制作したというリズミックかつフリーキーな電子音ではじまる。コンピューターのプラグイン・ソフトで加 工されたパーカッションの音のようにも聴こえるこのサウンドのリズム・パターンが安定したところで、ミュートされたコルネットとアルコ・ベースによるテー マが、指弾きのベース・パターンと交互に奏される。これは完全に作曲された作品だろう。電子音、ミュート・コルネット+アルコ・ベース、指弾きのベース、 という4つの異なったサウンドが時間と空間のなかに上手く配置されていることがわかる。3曲目も完全にコンポーズされた曲で、『スロン』とはまた異なった 電子音、細かく重ねられたデジタルの霧の噴射によって雰囲気が作られ、そこに落ち着いたテンポで3人の演奏が重ねられてゆく。4曲目は新伝承派の曲と演 奏、といってもおかしくない完全アコースティックのバビッシュなトラック。5曲目はドラムスがメイン。バス・ドラムで基本拍を提示しながら、チャド・テイ ラーはその上に自由に複数のリズムをレイヤーしてゆく。エルヴィン・ジョーンズがジョン・コルトレーンとのカルテットで探求した手法だが、チャドはこうし たリズムの折り重ねを、ソリストのアイディアを直接的にプッシュするためではなく、例えばマルチ・トラック上に並べたパーツをONOFFすることで意外な リズム空間が発見されことにも似た、複数の演奏スペースの同時的な提示を目的として行っているように思われる。トラック6はコンピューター・トラック+3 人のノー・グルーヴ完全即興。トラック7はフィールド・レコーディング+リズム・ボックス的ビート+逆回転風のシンセ・サウンド、という完全なベッドルー ム・テクノ・ミュージック……。
このアルバムは、データによると、『一日で音楽を録音し、一日でミックスし、一日でテープをカット』して作られたものだという。つまり3日間でここに響 いているサウンドの総てが出来上がったという訳だが、これが本当だとするならば、これらの楽曲のヴァリエーションと完成度は尋常ではない。こうした集中力 の在り方は、ツアーのなかで(毎晩のステージの上で)曲と演奏とのあいだに張り巡らされた複雑な緊張関係を磨き上げていく、ジャズ・ミュージシャンに固有 のものなのではないかとぼくは思う。トリオと名乗りながらも、実質的にはギターのジェフ・パーカーを加えたカルテットでのアンサンブル探求であった C.U.Tの前作『フレイムスロワー』と異なり、『スロン』はきわめてストレートな「トリオ」で作りあげられたサウンドで充たされている。また、これまで C.U.TおよびC.U.Dで多様されてきたチャドのヴィブラフォンも、今回はまったく登場することがない。このアルバムからは、これまで「シカゴ・アン ダーグラウンド」として彼らが広く行ってきた実験の成果を、彼ら自身が、自分たちの為に切実に必要とし、そしてそれを最大限に利用することで作りあげたサ ウンドが聴こえてくる。ある種の止むに止まれぬ怒り、恐怖、悲しみの表明としてこのアルバムが作られているとするならば、そうしたものを作るにあたって彼 らが選んだプロセスが、拡大よりも縮小を志向し、自分がしっかりハンドル出来るもの、十分に習熟しているもの、ちいさく、すばやく、確実に出来るもので仕 上げられているのは興味深いことだ。作曲と即興。アコースティック楽器とエレクトロニクス。フィールド・レコーディングと平均律。リアルタイム・デジタ ル・プロセッシング。ポリリズム。エモーションとイマジネーションの他に、彼等の手の中にはこうしたものがあった。自分の手元を見直したとき、ぼくたちは 一体何を使って、どんなことが出来るだろうか。

サイゾー2006年8月

東京サーチ&デストロイ (第4回)

東急東横線が「高島町」と「桜木町」という二つの駅を盲腸みたいに切り捨て、「みなとみらい線」という新しい地下鉄につながって「元町・中華街」を終点 とするようになってからもう二年半が経つ。この連載は「東京サーチ&デストロイ」と名乗っているけれど、実は僕は普段は横浜で生活している人間であり、何 かイベントや仕事がある度に都内へ出て行くことにしているのだが、ぼーっとしている間にいきなり最寄り駅である東急桜木町駅が消滅していたのには衝撃を受 けた。MM(みなとみらい)地区とか言って20年近く港湾周辺の整備をしているのは勿論判っていたけれど、まさか本当に東京への導線自体を変えてしまうと は…。まあ、変わってしまったものはしょうがない、あまり阿呆なスクラップ&ビルドが始まらないように(森ビルが再開発にガッチリ絡んでるって話だし)祈 るばかりである。実際、関内馬車道周辺で進められている「BANKART」や「北仲BRICK」などのプロジェクトでは、制作場所を求めるアーティストや 学生に空いた建築物をリストアして提供するって作業も始めているようで、横浜のアート/演劇/ダンス・シーンの活性化にこれから一役かってくれそうではあ る。
今回はそんな何かと騒がしい我が地元横浜でおこなわれた二つの公演を取り上げたい。ダンスを中心においたパフォーマンス・カンパニー<ニブロール>の振 付家である矢内原美邦によるソロ・プロジェクト第二弾『青ノ鳥』と、中野成樹(POOL-5)+フランケンズ 、劇団山縣家 、劇団820製作所、ユルガリ、という若手四団体が参加した「Summerholic 06 -恐怖劇場- 」である。場所はどちらも横浜西口のSTスポットだ。
STスポットは87年オープンということだからもう老舗ですね。さまざまな試みに理解がある貴重なスペースで、以前から提携や支援という形で若手アー ティストの育成に務めてきた。そういえば、僕は九〇年代の半ば頃に(いま調べてみたら96年でした)なんとリー・コニッツのソロをこのキャパ50人ほどの 場所で見たことがある。今回のこの二公演はたまたま7月1日と7月8日という近い日程で上演されたものに僕が行って来たというだけであって、直接的なつな がりはないのだけれど、どの作品も確かに「演劇」であると同時に、なにかそういったものをどうしようもなくハミ出した過剰さが感じられ…その過剰さは、例 えば「激しい」とか「厳しい」とかいった形容で表されるような「強さ」を感じさせるものだけではなく、だらしなく崩れているとか、上手くまとまっていな い、とか、話が良く判らないとかいった、何が無駄で何が無駄じゃないのか簡単に整理が出来ないような、そんな弱い?過剰さがそれぞれの作品に組み込まれて いて、そこがまず僕には非常に<しっくりときた>。ステージ上で出来ることっていうのは、本当に本当にたくさんあるんだな、というのが二公演を見ての素直 な感想です。
九〇年代の後半から00年くらいにかけて旗揚げした演劇やダンスの団体が、ステージ・プロパーの枠を超えて、僕みたいな音楽をやっている人間にも凄くア ピールする作品を発表し始めているよ、といったことを教えてくれた友人がいて、それで僕も最近いろいろと勧められたステージを見に行くようになったのだけ れど、観劇の素人ながら感じるのは、舞台というものを成り立たせている装置に対して彼らがはっきりと、でも自覚的というよりもほとんど生活者としての基本 的な所から「んー?」と思っているということであり、まず自分たちの身の丈にあった範囲でそういった基本の感覚を舞台に載せてゆき、そうやっているうちに その結果がまっすぐ自分とそのジャンルの歴史になっていくような、なんというか、殆ど世界創造時のようなデタラメな軽さと明るさが彼ら彼女らのステージに は充ちているように僕は思って、こっちも元気になってくる。久しぶりの感覚で、そういえば音楽の分野ではしばらくこうした雰囲気を味わっていなかったよう な気がする。話がつい抽象的になっちゃったけど、今度機会を作ってもうちょっと具体的に書くようにします。とにかく、演劇はすごく面白い。横浜サーチ&デ ストロイ。

美術手帳2003年?

Dill 『wyhiwyg』インタビュー

パソコンに取り込んで適当な処理をおこなえば、身のまわりで鳴っているどんな音からも音楽を作り出せるようになった現在、ぼくたちは殆どお菓子の家に住ん でいるみたいなものだけれど、ミュージシャンはやっぱり、そんな中からまだ誰も食べたことのない響きを探し出して、これとしか言いようがない一品に仕上げ る腕前を持っている。先日FlyrecからリリースされたDillの『wyhiwyg』(読みは「ウィヒウィグ」ね)は、フレーズに付けられた影と滲みの 階調が実に魅力的な、彼のファースト・アルバムである。「アルバムを出して、えーと、昨日までは大阪で『発条ト』っていうダンス・カンパニーの音楽をやっ ていました。90時間くらいかけたワークショップ作品の公演だったんですけど、各ダンサーがヴィデオで録ってきた音を編集したり、練習の前にワークショッ プ生がいたずらで弾いてたピアノの音があったんで、それを取り込んで使ったりしました。」普段使っている機材は「普通のMacとCuBASE」という Dill.。今回のアルバムではメモリーが足りなくて大変だったそうだ。「でも、例えばMaxみたいなソフトは一切使っていないので、ほんとただ単に容量 が足りなくて手間だったってことですね。パソコンの処理能力ってかなり上がってますから、サウンド・ファイルをプロセスするだけっていうやり方でも結構面 白かったりもするんだけど、やっぱそんな簡単な方法だと自分の作りたい音って録れないんで。ライブでも単にパソコン上の音を流すんじゃなくて、チェロやコ ントラバスを入れたり、あとロックバンド的な編成でやったりとか、まあ色々やってみているんで、アルバムを気に入ってくれた人は是非ライブにも足を運んで みてください。」

2004年、EWEカタログ

●EWEの新潮流について

大谷能生

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今年の六月、イースト・ワークス・エンタテインメントは、ミュージシャン・芳垣安洋がプロデュースする『GLAMOROUS Records』を新たに 立ち上げた。このレーベルは、これまで本当にさまざまなバンドやセッションでドラムを叩き続けて来た芳垣安洋が、『「リズム」「サウンド」「スタイル」そ して「国境」をも越えて音楽家達が集う』場所を切り開き、そこから『カテゴライズしきれない色彩豊かな』音楽を発信してゆくことを目的としてはじめられた ものだ。二〇〇四年九月現在、すでに青木タイセイ/『Primero』、Warehouse/『Patrol girl』、ヴィンセント・アトミクス/『ヴィンセント II』という三枚のアルバムがリリースされており、十月にはアルゼンチンのフェルナンド・カブサッキ(g、electoronics)を中心としたセッ ション・アルバムが仕上がってくる。ということで、かなり好調な滑り出しだが、「リズム」、「サウンド」、「スタイル」、そして「国境」……こうした枠組 みを予め与えられたものとは考えず、音楽家どうしが演奏の現場で毎回、互いに持っている物を分け合う作業から音楽を立ち上げていこうとするためには、各々 のミュージシャンがまず自身の音楽をはっきりとハンドルしていること、そして同時に、そのように作り上げた自分のフィールドから何時でも遠く離れることが 出来るだけの勇気を持っていることが必要となってくる。これは実際、相当に難しいことだ。
だが思えば、世界各地のリズムと楽器を一曲の中に溶け込ませながら、一聴してそれとはっきり分かる個性的なアンサンブルを持つことが出来ている芳垣率い るヴィンセント・アトミクスは、世界が自由にクロスするそういった場所を幻想的に体現している、そのようなバンドであった。マルチ・インストゥルメンタリ ストとしての才能を充分に発揮させた青木タイセイの『Primero』。ふと手に触れたものを軽快にパッチワークしてゆくWarehouse……。グラマ ラス・レコードからリリースされているアルバムには、音を自分の手の中で捏ね、足で踏んづけながら作りあげてゆく過程の楽しさが共通している。イースト・ ワークスは、ミュージシャン自身にレーベルをプロデュース/オーガナイズさせることによって、ミュージシャンの個性をその音楽的なフォームの上にまで反映 させた、このようにボーダレスかつ深くパーソナルな音楽を作ることに成功している。
実際、イースト・ワークスは、その当初からGrandiscやBAJといったミュージシャン主導のサブ・レーベルを持ち、これまでに多くの、ある意味強 力に偏ったアイテムをリリースすることで、シーンに一石を投じ続けてきた。キップ・ハンラハンというニューヨークの鬼才と提携し、彼のプロデュースする 「アメリカン・クラヴェ」の諸作を日本に紹介するという作業も、ミュージシャンどうしの創造的な結びつきから素晴らしいレコードを作り出すキップの手腕を 出来る限り近い場所に曳き付けたい、という意志から来たものではないかとぼくは思う。そして確かに、キップ・ハンラハンを介して日本へと紹介されたミュー ジシャンたち――特に、ロビー・アミーン、オラシオ・「エルネグロ」・フェルナンデス、ペドロ・マルティネスなどの「ディープ・ルンバ」チーム――の影響 力は、若い世代のミュージシャンを中心に極めて大きく、これから先彼らと日本人ミュージシャンとあいだに更なるコラボレーションが行われていくのは間違い ないことだろう。また、「アメリカン・クラヴェ」からやってきたミュージシャンたちは、演奏現場のレヴェルだけではなく、その意識の状態――ニューヨー ク、東京、そして南米との距離の中から、自身の演奏の想像力を引き出すというエトランゼ的合力のあり方――において、既にコンボピアノの『AGATHA』 などに大きなインスパイアを与えているように思う。
キップ・ハンラハン自身もミュージシャンであるが、二〇〇〇年期に入り、コンボピアノがオーガナイズするSycamore(二〇〇一年)、また東京ザ ヴィヌルバッハを擁する『テクノ、ハウス以降の影響下において発生するジャズを紹介する』BodyElectoricレコード(二〇〇二年)が相次いで始 動、そして冒頭に挙げた芳垣プロデュースのGLAMOROUSレコード(二〇〇四年)の発足と、ミュージシャン主導によってレコードを作るイースト・ワー クス独特の姿勢はさらに加速されてきていると見ていいだろう。こうしたサブ・レーベルの存在は、そのレーベルをオーガナイズするミュージシャンの個性を トータルに発揮することの出来る可能性だけでなく、「他のミュージシャンをプロデュースする」という、多くのミュージシャンにとってはそれまで殆ど経験し たことのないだろう作業に触れる事で、また新たな角度から音楽を見る視点を得ることになるという利点を持っている。
演奏者、音楽創造者、モノを実際に造る人間の立場から一旦離れて、相手の想像力を想像する立場に立つこと。「プロデュース」とは
語源を尋ねると、もともとは演劇における「演出者」という意味らしいが、相手の行いたいこと、そして自分が思っている事を充分に擦り合せながら、ある音楽 を「演出」してゆくこと。レーベルをオーガナイズするということは、自身が「演出」したいミュージシャンを見つけ、彼と一緒に作品を作り、そうやって得た 音楽をまたさらに次の作品、次のミュージシャン、次のコンセプトに結びつけてゆくことで、何重にも折重なった総合的な世界を作り出してゆくことの他ならな い。イースト・ワークス内のサブ・レーベルは、現在の所まだそうした世界を得るまでには至っていないが、藤原大輔の『ジャジック・アノマリー』や東京ザ ヴィヌルバッハの『a8v』というエレクトロニック・ジャズ/フュージョンと、GOTH-TRADのヘヴィー・インダストリアル世界、および津上研太らの アコースティックな世界を結ぶラインを引くことが出来るならば、BodyElectoricは「アメリカン・クラヴェ」の重層性に匹敵する現代的な思想を 提示することが出来るはずだ。ここにはまだ幾つかの作品が欠けている。この隙間はこれから必ず埋められてゆくだろう。
プロデューサーが「演出を行う者」だとするならば、ピアニスト・南博に対するプロデューサー・菊地成孔の振る舞いは、まさしくその言葉のイデアを完全に 充たしたものであり、時に緩慢に、時に急速に進んで行く彼ら二人の共同作業は、「ジャズ」という、二〇世紀の全ての美と悲しみを溶かし込んだ音楽への愛を 支えに、この三年間静かに続けられてきたのだった。『こうして秋に着想され、三年目の秋を迎える10月10日にこのアルバムはドロップする。僕はすっかり 座り慣れたプロデューサーズ・チェアに再び座り直し、このアルバムの最大の目的である、ひとつは何故1950年代のアメリカを精神的な風景に持ったこの音 楽が生まれたのか?ということ、そして、南博を知る総ての、南博を知らぬ総ての人々に、彼の苦渋と葛藤と官能に満ちた、ヴェルヴェットの様に滑らかな精神 性の一端に、出来れば愛撫の手つきに似た繊細さでそっと触れて欲しいと心から願い、アルバム・タイトルはこうして、繊細な物に対して指先でそっと触れる、 ということ。そうした行為を巡るあらゆるヴァリエーションを含意している。』(菊地成孔のアルバム・プロダクション・ノートより)
菊地成孔と南博はコンセプト・ビルディング、具体的な選曲、アレンジ、演奏、録音、ストリングス・セクションのダビングとポスト・プロダクションなどな ど、音楽を得るために必要な具体的な作業を全て共にし、この幸福な関係から三〇分という小さな、(この大きさは「10インチLP」という、初期ブルーノー トの諸作が選んでいたサイズを思い起こさせる。まさしく50年代だ)しかし、圧倒的に美しい『TOUCHES & VELVETS』というアルバムが生まれた。
『デギュスタシオン・ジャズ』でも充分に発揮されている菊地成孔のプロデューサー的資質は、まず相手の一番はっきりとした、一番良質のヴォイスを聴き取 るところから発揮される。これはDCPRGのメンバーのサウンドの対称性(芳垣安洋と藤井信雄のドラムの鳴り方の素晴らしい対比)にも現われているところ だが、菊地は相手の言いたい事、その言い方に耳を澄まし、その後、その中からそれまで彼が(彼女が)思っていなかったような響きを取り出してくる。こうし た繊細な作業を、膨大なミュージシャンを相手に全面展開させて作りあげた作品こそ、全四十一トラックの『デギュスタシオン』であり、一人のミュージシャン だけに集中させて作りあげたのが全五曲の『TOUCHES & VELVETS』である。
彼の作品にリスナーは、一緒に音楽を作る為の、誰かと一緒に作業を行う為の、さまざまな可能性の束を見る。相手を受け入れ、こちらも条件を出し、強要さ れ、譲歩し、考え直し、裏をかく。こういった、人間どうしが深く関わる現場で起きるさまざまな事象を、そのまま音楽に出来ることこそ「ジャズ」というジャ ンルの持つ醍醐味であり、こうした関係性の豊かなヴァリエーションこそ、現在のリスナーが音楽から聴き取るべきものであるようにぼくには思われる。各人ご とにあらためて行われるその果てしない関係構築の作業のなかで、ようやっと譲ったり譲らなかったり出来るようなものではそもそもない、自分ではどうにもし ようが無いものが剥き出しになり、そうしたものを互いに認め合うところからミュージシャンは協力をはじめ、作品が生み出される。ボーダレスかつ個人的な作 品とは、そのような場所から出来上がってくるものなのだ。
ミュージシャンとしての立場、プロデューサーとしての立場、レーベル・オーガナイザーとしての立場。イースト・ワークスに所属しているアーティストたち は、このような複数の立場を往復することによって、音楽を重層的に制作する可能性を持っている。ここにある可能性は無尽蔵であり、まだまだ全く発揮されて はいない、とも言えるだろう。
さて、ぼくは、現在ここで聴くことが出来る作品のあいだに、さらに複数のラインを引くために、この冬一枚のコンピレーション・アルバムをプロデュースす ることになっている。そのアルバムに収録されるアーティストの音楽を、殆どの人はまだ一度も耳にしたことがないだろう。未だライブハウスの暗闇の中に留 まっている彼らの音楽を、アルバムという形に載せて複線化すること。彼らのトラックと、今まで出ているアルバムとのあいだに言語による批評で配線を行い、 そこでバチっと火花を飛ばさせること。プロデューサー/批評家としてのぼくの役割はそうしたものだ。現在、各グループは録音に入っている。全八グループ収 録予定のそのコンピレーション・アルバムに期待していて欲しい。

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イントキシケイト2004?

Gnu   明確な意志に支えられた、異形のグルーヴ・ミュージック

日本人のリズム咀嚼力は、ダンス・ミュージックのデジタル化が完璧にまで進んだ90年代を通過して、どのくらいアップしたのか? ということについて は、夏まゆみ先生による新しいラジオ体操の振り付けを国民全員で踊ってみなければ判断出来ない問題だが、現在の耳でもって、例えば過去に「フリージャズ」 と呼ばれてきたような音楽を聴きなおしてみると、一定のリズム・パターンを刻まないドラミング、という括りでこれまで一緒くたに考えていたものが、そのア プローチの異なりによって大きく二つに分かれて聴こえることに気が付く。一方は、最近ではティム・バーンズやスティーヴン・フリンらに代表される、フレー ズ毎に基本拍をリセットし、サウンドの屈曲率を点滅的に変化させることでリズム・フィールドを拡散させてゆくスタイル。もう一方は、曲中ずっと基礎となる 拍をキープしながら、それを自由に分割・レイヤーすることによって複雑なリズム空間を作り出す、ラシッド・アリからチャド・テイラーまでつながる演奏スタ イルだ。この二つの奏法が寄って立つ世界観をそれぞれ敷衍していくと、片方は、演奏される音と音との間からビートを剥ぎ取り、如何にして各音をそれぞれ自 律した響きとして聴かせるか? と云った現在即興演奏の最前衛において探求されている問題につながり、片方は、世界の中からどのようにビートを切り出し、 あらたなグルーヴを作り出すか? と云うブレイクビーツの実践にまで結びついてゆく。ヨーロッパとアフリカが混交して生まれた20世紀のアメリカ音楽から は、こうした両極端とも云える音楽の可能性を同時に引き出してくることが出来る訳だけれども、ひとつの音楽の中に混在しているこのような質の異なりを切り 分け、それぞれを遥か遠くまで推し進めて、適切なフォームをそこにあらたに発見することは、やはり容易ではないことだ。
大蔵雅彦は、現在最も厳密、複雑かつユーモラスなかたちで、音楽にあらたな曲がり角を曲がらせ続けているミュージシャンである。90年代を通して、大蔵 は自身が行うことの出来る作業と、20世紀音楽の中から聴き取った本質との関係を徐々に磨き続け、ここ数年、アルト・サキソフォン/バス・クラリネット/ ベース・チューブといった管楽器を使った即興演奏と、シーケンサーによって隅々まで完全に作曲されたバンド・アンサンブル作品と云う、対照的な二つの フォームで際立った成果を挙げることに成功している。大蔵のリーダー・バンドGnuの新作、『Suro』は、前述の分類で云うならば後者、きわめてアフリ カ的なリズム・フィーリングの中で、ツイン・ドラムスのアクセントをずらし、サックスとキーボードに対位法を演奏させ、ベースの反復ポイントを変え、ブレ イクを織り込み、グルーヴ・ミュージックの世界を自覚的に拡大しようと試みた傑作である。骨折しかねないほど沢山の仕掛けに充たされた大蔵の作曲は、P- FUNKのようにプログレッシヴで、伊福部昭のようにスケールが大きく、ムーンドッグのようにリリカルだ。そうした楽曲群をキャプテン・ビーフハートと彼 のマジック・バンド並に鉄壁なアンサンブルで聴かせるのだからGnuのライブは堪らないが、幾ら曲が複雑になっても開放的に踊ることが出来るのは、『ワ ン・ネイション・アンダー・ザ・グルーヴ』というポイントを大蔵が決して外しはしないからだろう。一点を揺るぎなく押さえ、そこから複雑な構造を再展開し てゆく。こうした大蔵のダイナミズムを是非ともアルバムとライブで経験してみて欲しいと思う。

Improvised Music From Japan2005

★『futatsu』(w500)

このアルバムの成り立ちについては本誌掲載のインタビューを参照してもらうこととして、早速杉本とラドゥがここで試みていることの分析に入りたい。
ぼくたちは日常、時間を循環するものとして認識している。60分で1時間、24時間で1日、約30日で1カ月、と、さまざまなループによってぼくたちは 予め時間を分節しておき、その中に自分の行為や認識を位置付けてゆく。音楽を聴取する際、ぼくたちは一旦こうした生活の基礎となるリズムからは離れるが、 その代わりとなる循環の単位をいま聴こえているものの中にすかさず探し出そうとする。杉本とラドゥは、このアルバムにおいて、循環を見つけることで時間= 音楽を安全に処理しようとするぼくたちの振る舞いを決定的に拒もうとしている。デジタルに作られた完璧な静寂の中に、杉本とラドゥは「いまここで弾く」、 という意志がはっきりと伝わる明確なトーンで音を配置してゆく。ぼくたちはその音を辿りながら、その前後にある沈黙とともに、何とか曲を構造化するための 繰り返しの単位を見つけようとするが、それはCD一枚の再生が終わるまであらわれることがない。つまり、ぼくたちは70分強の時間を、循環を拒む「いまこ こ」にしかない時間の流れとして経験することになる。この経験から得ることの出来る衝撃はおそろしく大きい。完全即興による一回性の音楽とこれはどのよう に異なるのか、また、微細な反復によって時間をサスペンドするミニマリストたちとどこまで異なっているのか、などさまざまな考えがここから浮かんでくる が、まずはここまで。